USDTがデペグ気味な件について

サムネイル引用元:Tether on FOIL and Continued Commitment to Transparency(Tether)
こんにちは!弐号です。

Tether社の発行するステーブルコイン「USDT」が一時0.42%ほど下落し、現在は0.2%ほど1ドルから下落した水準で推移しています。

この記事ではTether社の公開している最新の監査レポートを紹介し、リスク分析を行います。

現在進行中のデペグ

CoinMarketCap (CMC) が公開しているUSDTの直近24時間の価格推移は以下のとおりです。

日本時間の正午を過ぎたあたりからデペグが進行していることが伺えます。

18:05には最安値である0.9958ドルと、0.42%ほどの下落を見せました。

現在は0.998ドルと、0.2%程度の軽いデペグ状態で取引がされています。

USDTは過去にも一時3%ほど下落しデペグしたこともあることを考えると現在の状況は軽微なものではありますが、先日USDCがデペグした際にも初動はこのような感じでしたので、この先どうなるか不安になっている方も多いのではないでしょうか?

この記事ではTether社が四半期ごとに公開している監査レポートの最新版を参照し、財務状況を観察していきます。

なお、参考記事としていくつか関連する記事を掲載します。
特にUSDTに対する正のエクスポージャーを持っている方に参考になるでしょう。

Curve の 3pool の状況

USDTが関連する巨大な流動性プールの一つとして、Ethereumチェーン上のCurveの3pool (USDT/USDC/DAI の StableSwap プール) が存在します。

ロックされている金額は執筆時点で $383M と非常に大きく、関連する USDT/USDC/DAI の価格に大きな決定力を持っていると考えていいでしょう。

現在の 3pool のリザーブの状況は上のようになっており、かなり USDT に偏っています。

StableSwap 公式のパラメータにも依存するのですが、基本的にコインが大きく偏ったものほど安くなる設計となっておりますので、これにより 3pool 上の USDT 価格は USDC や DAI と比較して割安となっております(背景にある数論について詳しくはCurveのStableSwap公式の導出を参照してください)。

すべてのコインがデペグしていない状況ではそれぞれのコインのロック枚数は(ほぼ)等しくなりますが、USDT だけ突出していることが分かります。

これは 3pool において USDT が大量に売却されることで、売却されたコイン (USDT) が 3pool に追加され、購入された USDC/DAI がその分だけ引き出されたことを意味します。

各コインが同数になるためには、各コインの枚数が約$128Mとならなければいけないはずですので、現在のロック枚数である$275Mと比較すると実に$147MものUSDTが売却されたことを意味します。

デペグの原因はTether社の財務状況に対する懸念か?

一般的にマーケットには無数の参加者が存在し、その参加者の数だけ思惑が走っていますので一概には言えないのですが、このデペグはTether社の財務状況に対する投資家の懸念を折り込んでいるものと考えています。

そもそも USDT は米ドルを担保に発行されているステーブルコインであり、米ドルと1:1のレートで常に交換できることを裏付けとして価格が保たれています。

したがって、もし USDT が1ドルを下回れば、アービトラージャー(裁定者)は1ドル以下の安値で USDT を買い入れて米ドルに1:1で償還を行うことで差額が(ほぼ無リスクで)儲かるため、基本的にはこのアービトラージの原理が働き1ドルの価値を保つはずです。

しかし1ドルを下回る水準で取引がなされていることはUSDTを米ドルに交換する(償還する)プロセスに何らかのネガティブな市場心理が反映されていることを表しています。

もっと端的に言うと「Tether社はUSDTを米ドルに1:1で償還できなくなるのではないか?」という懸念です。

もしこの懸念が払底されるのであればデペグは解消しますが、逆にこの懸念が深まるとデペグはより進行すると考えられます。

この懸念を確かめるための一つの判断材料は既に述べたTether社の発行している四半期の監査レポートです。

それでは最新の監査レポートを見ていきましょう。

2023年3月末監査報告書

連結財務状況

監査レポートはこちらのサイトで公開されており、誰でも閲覧できます。

最新のものは2023Q1にあたる3月末の監査レポート(下記URL)です。

https://assets.ctfassets.net/vyse88cgwfbl/24G4DuQ0HE7h7EQE6vGy4J/8a8a170edf687ea07b3f86048af8b87b/ESO.03.01_Std_ISAE_3000R_Opinion_31-03-2023_BDO_Tether_CRR.pdf

まず前提条件として、CMCによれば2023年3月末日のUSDTの発行残高は$79.68Bであり、これ以上の償還可能な流動性をTether社が保有すれば問題ないこととなります。

それでは監査レポートを見てみましょう。

5ページ目に全体のサマリーとなる情報が掲載されています。

日本語訳を以下に掲載します。

当社の経営陣は、2023年3月31日午後11時59分(UTC)時点で、以下のことを主張します:
・当社グループの連結総資産は、少なくとも81,833,149,345米ドルに達している。
・当グループの連結負債総額は 79,390,359,036 米ドルであり、そのうち 79,372,401,626 米ドルは発行したデジタルトークンに関連するものであること。
・当社グループの連結資産は、連結負債を上回っている。

「発行したデジタルトークンに関連する」「連結負債」とは、主に USDT ではありますが、一応ユーロにペグしたステーブルコインやゴールドにペグしたステーブルコインも発行しているため、このような表記となっているのでしょう。

金額はCMCのデータと若干異なります(Tether社の主張する額のほうが少ない)が、発行・償還プロセスのタイミングの違いで多少ずれる可能性がありますので、無視していいと思います。

さて、注目すべきは発行されている USDT をカバーできるほどの資産を持っているかどうかでした。

それについては「連結総資産は約$81B」であると主張しており、「当社グループの連結資産は、連結負債を上回っている」と債務超過状態にはないことを主張しています。

したがって、少なくとも連結財務状況だけに着目すれば問題ないこととなります。

即時に流動化できる資産と、できない資産

一般的な法人や団体であれば、債務超過状態でなければ会社の財務状況はひとまず大丈夫だと考えられます(自己資本比率はどうなの?とか細かいツッコミもあると思いますが、少なくとも日本の法律では債務超過でなければ倒産はしません)。

しかし、Tether社は「米ドルとの1:1の交換を即時に行うことを約束」している少々特殊な組織です。

たとえ財務状況が良好であっても、この「約束」が果たされなければ USDT はデペグしてしまいます。

財務状況が良好なのに償還できないことはあるのでしょうか?

さて、一般的に日本の会計処理では組織の持つ資産は「流動資産」と「固定資産」に分類されます。

流動資産とは短期(一般的には一年以内)に現金化(流動化)できる資産のことを指し、固定資産は長期に渡って保有(一般的には一年以上)される資産のことです。

一般的な会社では「一年以内に現金化できるかどうか?」で資産を切り分けて分析するのですが、繰り返しになりますがTether社は即時に米ドルに償還できることを約束しています。

「償還はしてあげるけど、一年待ってね。」ということはできません。

そのため、Tether社は一般の会社よりも極めて短期(せいぜい一日ぐらい?)で流動化できる資産を多く持たなければならないことになります。

即時に流動化できる資産が不足すれば、即時の償還に応じることができなくなりますので、即時に流動化できる資産が枯渇した時点で償還不能(一種のデフォルト)になってしまいます。

したがって、この「即時に流動化できる資産を十分に持っているか」という観点でも財務状況を分析する必要があります。

財務状況の詳細

さて、Tether社の保有している資産の詳細は監査レポートの7ページ目に掲載されています。

日本語に翻訳したものを以下に掲載します。

1. 現金・現金同等物およびその他短期債権
・米国短期証券: $53,044,762,609
・翌日物リバースレポ: $7,500,000,000
・期限付きリバースレポ: $786,850,807
・マネー・マーケット・ファンド (MMF): $7,453,204,896
・現金および預金: $481,350,555
・米国以外の短期証券: $47,680,940
小計: $69,313,849,807
2. 社債: $140,669,244
3. 貴金属: $3,391,091,658
4. ビットコイン: $1,500,064,140
5. その他投資: $2,138,395,675
6. 担保付き債権: $5,349,078,821

ここで「リバースレポ」とは債権を担保とした米ドルの貸付を、MMFは格付けの高い短期債権ファンドのことです。

これによると「即時換金可能な資産」は「1. の小計」として計上されている約$69Bとなります。

USDT の発行額が約$79Bなので、約$10Bほど足りてないですね。

「期限付きリバースレポ」の期間がどのくらいなのかとか、「米国以外の短期証券」とは何なのか(格付けは高いのか)などツッコミたいところは他にもありますが……とりあえず他も見てみましょう。

2. の社債については償還期限がいつなのかとか、格付けは大丈夫なのかとかが気になりますが、まぁ全体の金額から見れば小さいので無視しても良いでしょう。

3. の貴金属については、Tether は XAUT というゴールドにペグしたコインを発行しているため、このコインの裏付け資産……かな?と思いましたが、CCMによれば時価総額は$488M程度なので、$3Bというのは持ちすぎですね。

またボラティリティの高い 4. ビットコインも $1.5B も保有しています。3月末の価格が約28,000ドルであり、現在価格が約25,000ドルですから、現在の評価額は約$1.34Bであり含み損です。

5. の「その他投資」というのは何でしょうか?Tether社は最近エル・サルバドルの火山マイニングに$1Bを投資していることを公表しており、こうした投資を積み上げた金額なのでしょうが、未上場のスタートアップへの投資であればゼロになる確率は決して低くはないでしょう。そもそも、スタートアップへの投資は投資先が上場するかM&Aしない限りは回収することが難しい不可逆的な投資行動です。

6. の「担保付き債権」も何を担保として取っているのか分からず、担保割れする可能性はないのでしょうか?

個人的感想

監査レポートが正しいとするならば確かに債務超過ではないのですが、いろいろとツッコミどころがありそうです。

とはいえTether社が手元流動性を確保し償還原資があるうちは償還プロセスによりデペグはアービトラージされるため、発行額が伸び続けている限りはデペグする可能性は低いでしょう。

しかし、今回のFUDのように信用不安が膨らみ償還量が増えて手元流動性が枯渇すれば償還プロセスが停止してしまい、デペグする可能性はゼロとは言えないと思います。

また「Tetherは投資を急ぎすぎているのではないか?」という指摘もあります。

USDC を発行する Circle 社が(四半期ごとではなく)毎月の監査報告を行っており、しかも保有している国債の償還予定日まで記載されていることと比較すると、Tether 社の監査レポートは少々心もとないと言っても過言ではないのではないでしょうか?

2023年4月の USDC の監査レポート より引用。保有国債の償還日までしっかりと記載されている。)

とはいえ、LUNA というオルトコインを担保としていた Terra UST のように急激に担保が毀損し1/100になってしまう、という事態にはならないと思いますが USDT の償還スピードや保有するビットコイン・貴金属・社債の市場価格次第では正常な償還プロセスが行えなくなってしまう可能性は決して否定できないと思います。

金融の世界では特別な保険や政府による救済でもない限り、経済的クライシスが起きたとしても誰もあなたの資産を補填してはくれません。

この記事はあくまで中立的な観点から監査レポートを分析した結果であり、USDT が崩壊(デペグ)するとか、Tether社が倒産するといった予言はできませんが、まだまだ不安定なクリプト・DeFi領域ではヘッジできるリスクはコストを払ってでもヘッジした方が最終的には自身の安全性に繋がります。

幸いなことにステーブルコインのデペグリスクのヘッジ方法は(少々複雑ですが)存在します。

金融の世界では今日100%安全に動いていたものが明日突然崩壊する、ということが起こり得ます。

誰が2008年のリーマン・ブラザーズの倒産を予見できたでしょうか?

誰が2022年のUSTの崩壊を予見できたでしょうか?

誰が2022年のFTXの倒産を予見できたでしょうか?

決してあなたが映画「マネー・ショート(The Big Short)」の主人公になる必要はありませんが、防ぐことのできる「もらい事故」は(コストとの見合いにはなりますが)なるべく防げるように努力すべきです。

※映画「マネー・ショート」は金融に興味のある方は必見の非常に面白いノンフィクション映画ですので、未視聴の方はぜひ視聴してください。

先日出した記事「DeFi終了のお知らせ。いままでありがとうございました!?」にもある通り、米国の金利が異常な局面ではDeFiでの運用は決してリスクリワードのバランスの観点からはベストな選択肢とは言い難い状況となっています。

DeFIRE の運営者の一人としてはあまり言いにくいことではありますし、大変心苦しいところではありますが、一時的に資金をDeFiから引き上げるなどなんらかの対策を検討されることをおすすめします。

それではご安全にDeFiライフをお過ごしください!

おまけ:弐号さんのUSDT保有状況

「で、お前はどうなん?」って聞かれそうなので弐号さんの USDT ポジションを会員限定で晒します。

気になる方は会員登録をお願いします。

OKX上でビットコインを担保に USDT を借りまくって(日本の取引所経由で日本円にすることで)ショートしています。

また BTC/USDT と BTC/USD のパーペチュアルスワップ(無期限先物)を利用した USDT のショート戦略も実施しています。

なので個人的にはUSDTがデペグしてくれたほうが嬉しい(めちゃ儲かる)という状況になっています。

まぁ魔界DeFiに資産ぶっこみまくってるのでこの記事で指摘しているようなリスクヘッジはほぼできていませんが^^

「頼む!USDTよデペグしてくれ!俺の借金がチャラになるんだ!!!」と心の中で叫びながら生きています。

それでは!

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