サムネイルの引用元:Polymarket
はじめに
近年、ブロックチェーン技術を活用した「予測市場(Prediction Market)」が注目を集めています。予測市場とは、将来の出来事の結果に対して人々が賭けたり取引したりする市場のことです。多数の参加者の“賭け”によって形成されるオッズ(確率)は、しばしば専門家の予想を上回る精度を示すことから「群衆の知恵」とも呼ばれます。この分野で近年特に話題となっているのがPolymarketです。Polymarketは暗号資産を用いた分散型の予測市場プラットフォームであり、2020年にShayne Coplan氏によって立ち上げられました。本記事(前編・後編)では、中級者向けにPolymarketとは何か、その仕組みや特徴、技術的なプロトコルの詳細、そしてそのメリット・課題・競合などについて解説します。まず前編では、Polymarketの基本概要と予測市場としてのメカニズム、プロトコルの仕組みを見ていきましょう。
Polymarketとは何か?
引用元:New york Post
Polymarketはブロックチェーン上で動作する分散型の予測市場プラットフォームです。ユーザーは世界中の様々なイベントの結果に対して賭けを行い、その結果に基づく“株式”や“シェア”(賭けの証拠となるトークン)を売買できます。取り扱うテーマは政治選挙やスポーツの試合結果、経済指標、暗号資産の価格変動など多岐にわたります。例えば「今年の〇〇選挙で特定の候補者が当選するか」「来月までにビットコイン価格が●●ドルに達するか」といった問いに対し、「Yes(はい)」もしくは「No(いいえ)」の結果に賭ける市場が開かれます。
PolymarketはEthereumのLayer2であるPolygonネットワーク上に構築されており、プラットフォーム上の全取引データはブロックチェーン上に記録され透明性が担保されています。2024年5月時点でPolymarketは累計7,000万ドルもの資金調達を行い、サービス拡大に努めています。また取引量の面でも、2022年以降の累計出来高が60億ドルを超え解決済みマーケット数が14,000以上と、世界最大規模の予測市場に成長しています。こうした規模の大きさや話題性から、Polymarketは米国大統領選挙など大きなイベント時にメディアで取り上げられることも増え、その精度の高い予測がしばしば注目される存在となっています。
予測市場の仕組みと特徴
引用元:horizen academy
まず、予測市場一般の基本的な仕組みを理解しておきましょう。予測市場では、あるイベントについて複数の参加者がそれぞれの予想に基づいて賭けを行います。典型的には「結果が起こる」か「起こらない」かの二択(バイナリーオプション型)の市場が開かれます。参加者はその二つの結果それぞれに対応するシェアを売買することになります。シェアの価格は$0.01から$1.00の範囲で推移し、両方の結果(Yes/No)の価格合計は常に$1.00になるように設計されています。これは市場が常に両決着に対して十分な担保(カバー)を持つようにするためです。
例えば「Yes側シェアが現在0.70ドル、No側シェアが0.30ドルで取引されている」とすると、市場参加者はそのイベントが「Yes(起こる)」で終わる確率を約70%と見積もっていることになります。そして実際にイベントの結果が確定すると、「正解」の側のシェアは1シェアあたり$1.00で清算され(払い戻しを受け)、反対側のシェアは無価値($0)になります (Polymarketの概要と仕組み。
この仕組みにより、シェア価格=参加者の予想確率という形でリアルタイムに予測が数値化されます。伝統的なアンケート調査や専門家の予測と比べても、市場でお金がかかった"生きた確率"はしばしば高い精度を示すことが知られています。実際、予測市場の歴史を振り返ると、2000年代に隆盛したIntradeやBetfairといったプラットフォームが、世論調査より正確に選挙結果を当てた例もあります。多くの人が自らの知識や情報に基づき「利益を得よう」と真剣に予測に参加することで、結果的に集合知的な精度が生まれるわけです。
予測市場の特徴としてもう一つ重要なのは流動性と取引可能性です。参加者はイベントの結果が確定する前でもシェアを売買できるため、自分の予想が変わったり利益確定したい場合には途中で持ち分を売却することも可能です。例えばある候補者の当選確率が上がったタイミングで「Yesシェア」を購入し、さらに支持率上昇に伴いシェア価格が上昇した時点で売却して利益を得る、といったトレードもできます。このように予測市場は単なるギャンブルではなく、情報に基づく売買の場として機能し、ヘッジ手段や情報の価格発見メカニズムとしての側面も持っています。
Polymarketのプロトコルの仕組み
Polymarketの裏側では、ブロックチェーン上のスマートコントラクトがこれらの取引を管理しています。各マーケットごとにスマートコントラクトが存在し、ユーザーが賭けに使用した資金(担保のUSDC)はコントラクトによってエスクロー(預託)されます。参加者が「Yes」や「No」のシェアを購入すると、その取引情報と価格はブロックチェーン上に記録され、価格は需要と供給によって常時変動します。Polymarketでは取引手数料がほぼ無視できるほど低く(Polygon上のガス代のみで、プラットフォーム自体は賭け手数料無料、利益確定時にごく小額の手数料が課される程度です)、取引が可能です。これによりユーザーは従来のEthereumメインネット上の予測市場(例えばAugur v1など)のような高額手数料や遅延に悩まされることなく、小口の取引や頻繁なトレードも行えるようになっています。
マーケットの価格形成アルゴリズムにはAMMの手法が用いられていると考えており、ロジット市場スコア関数(LMSR)型のAMMや類似の数理モデルによって実現されています。いずれにせよ、コントラクト上で価格計算と在庫管理が自動化されているため、オーダーブック方式のように常に人が注文を出さなくても取引が成立するのが特徴です。流動性提供者が存在しない時間でもAMMが価格を提示してくれるため、ユーザーは好きなタイミングで売買できます。このような自律的な仕組みが分散型予測市場としてのPolymarketの基盤を支えています。
しかし、ブロックチェーン上のコントラクトだけでは、現実世界の出来事の結果を知ることはできません。そこで必要になるのがオラクル(Oracle)と呼ばれる仕組みです。Polymarketでは、分散型オラクルプロトコルであるUMA(Universal Market Access)のオプティミスティック・オラクルを採用しています 。オプティミスティック・オラクルとは、イベント終了後にまず「ある提案者(プロポーザー)」が結果を報告し、その報告に異議がある場合のみ「挑戦者(チャレンジャー)」が異議を唱えるという仕組みです。一定の異議申し立て期間内にチャレンジが行われなければ提案結果がそのまま確定し、もし異議が出た場合はUMAトークン保有者などコミュニティによる投票やステークを通じて正しい結果が決定されます。
提案者・挑戦者にはインセンティブ(報酬やペナルティ)が設計されており、不正確な報告をすると経済的損失を被るため、結果的に真実のみが報告されやすい構造になっています。UMAオラクルはあらゆる自然言語の質問に対応できる柔軟性を持ち、実際にPolymarketではこれまでに数万件のマーケットをほぼ問題なく決着させてきました(提案に対する異議は全体の約1%程度しか発生していません。このように、スマートコントラクトとオラクルの組み合わせによって、Polymarketは現実の事象をブロックチェーン上で取り扱えるようにしているのです。
オラクルに関して付け加えると、Polymarketはさらに次世代の強力なオラクルを開発すべく、UMAプロトコルやEigenLayerとの協働研究も進めています。特に、主観性を含むような複雑な問いや、長期間に及ぶマーケットにも迅速かつ安全に対応できるオラクルの構築を目指しており、ブロックチェーン上で「事実」を検証する技術の最先端にも貢献しようとしています。こうした技術面での進化は、予測市場プロダクトとしてのPolymarketをより堅牢で拡張性のあるものにするでしょう。
まとめ
前編では、Polymarketの基本概念と予測市場としての仕組み、さらに裏側で動くプロトコル技術(スマートコントラクトとオラクル)について概観しました。Polymarketは分散型ネットワーク上で動作し、ユーザーの賭けを自動的かつ透明に管理することで信頼性の高い予測市場を実現しています。これにより、世界中の誰もが様々なイベントの結果を予想して取引し、その集合知から生まれる予測を共有できるプラットフォームとなっています。後編では、そんなPolymarketの強みや将来性、そして予測市場としてのメリット・課題を掘り下げ、他の競合サービスとの比較も交えながら考察します。