債券の理論価格

(本記事はNoteにて2023年7月8日公開の記事の転載です。)

今日は金融工学のお勉強です。

国債や社債などの債券は満期となる前に市場で売却することができるものも存在しますが、その価格は一般的に額面金額(元本の金額)からズレます。

なぜズレるのかというと、市場金利が変動するからです。この記事では市場金利によって債券の理論価格がどう表されるのかを数学的に説明します。

債券価格が変動する直感的な説明

まずは市場金利が変動するとなぜ債券価格が変動するのかを直感的に説明します。

市場金利が1%から2%に変動したとします。そうすると、既存の債券(既発債券)は利回りが固定で決まっており年間1%しかもらえないため、額面金額よりも安い値段設定にしないと金利的に魅力がなくなり、売れなくなります。額面の99%の価格で買うことができれば満期になった時に101%分貰えることになりますので、実質的に金利は約2% (厳密には {\frac{101}{99} - 1} ) となります。

ですので基本的に金利が上昇すると債券価格は下落します。

逆に金利が下落すると、利回りの高い既発債券は相対的に魅力がアップしますので、強気の値段設定でも売れることになります。そのため金利が下落すると逆に債権価格は上昇します。

このように金利と債券価格は真逆の方向に動く(「シーソーの関係にある」といいます)ことになります。

では具体的に市場金利がどのくらい変動すると、債券価格がどのくらい変動するのでしょうか?

これを計算するためには、まず金融工学の知識が必要となります。ですので金融工学の基礎知識から学んでいきます。

キャッシュフローと現在価値

「キャッシュフロー」とは、過去や未来においていくらの金額が貰えるのか(または支払うのか)を表す言葉です。

例えば一年後に定期預金が満期を迎えて100万円が貰えるとか、10年後に借金の返済として1,000万円を支払う、といったものです。

いまこの瞬間おカネを貰えたり支払ったりするのであれば、その金額が現在の価値となりますが、キャッシュフローの発生するタイミングが現在からズレる場合には現在価値は金利によって調整した金額となります。

分かりやすい例として、市場金利が10%のときに「一年後に100万円を支払うからおカネを貸してくれ」と言われたことを考えましょう。
あなたならいくら貸しますか?

もしそのままの金額で100万円を貸したとすれば、銀行に預金しているだけで一年後には110万円に増えているはずなのに、100万円しか返してくれないのであれば割に合わないですね。

なので、100万円よりもっと低い金額を貸さなければ合理的な経済行動とは言えません。

例えば90万円を貸して一年後に100万円にして返してくれるのであれば、銀行に預けていたときには一年後には99万円にしかなっていないことを考えると、割に合いそうです。

このように将来的に貰えるキャッシュフローに関しては市場金利を用いてディスカウントした(割り引いた)金額を考えなければいけません。

そうしないと、銀行に預けていたときよりも損してしまいます。

ここからは少し数式が出てきますが、高校数学レベルの数学しか使いませんので安心してください。

まず市場金利を r とします。例えば市場金利が10%であれば、r = 0.1 となります。このとき、一年後に貰える x 円のキャッシュフローの現在価値は

(現在価値) = \frac{x}{1 + r}

となります。

市場金利の分だけ安くないといけないので、将来キャッシュフローを 1 よりも大きな値で割って安い金額で評価します。

では、キャッシュフローの発生するタイミングが例えば10年後だとどうなるでしょうか?

銀行にもよりますが、利息は基本的に年一回貰えると仮定すると、市場金利が10%のとき、100万円を10年間預けると一年後には110万円と+10万円増えますが、二年後には一年後に増えた金額の110万円に対してさらに10%がつきますので+11万円増えて121万円になります。

三年後にはさらに貰える金額は増えて+12.1万円ですので133.1万円、という具合に加速度的に(指数関数的に)増えていきます。

このように利回りで増えた金額に対してさらに金利がつくことにより、長期間の運用では大きな金額となります。

金利10%で10年間運用した場合、利息に対して利回りがつかない場合には単純に+100%にしかなりませんが、利息に対しても利回りがつく場合には約+159%と1.6倍程度多い金額が貰えることになります。

このように金利が加速度的に増えるのを「複利」と言うのはご存知でしょう。

単利では一定額ずつしか増えないのですが、複利では長期間で運用すると非常に速いスピードで資産が増加していきます。

かの物理学者アインシュタインはこれを見て「複利は人類最大の発明」と言ったそうです。

さて、複利の場合には市場金利を r とすると、n 年間の運用で x 円の資産は

\text{(n年後の金額)} = x \cdot (1 + r)^n

となります。

ですので n 年後の x 円のキャッシュフローはこの増加分だけ割り引いて

\text{(n年後のキャッシュフローの現在価値)} = \frac{x}{(1+r)^n} \quad \cdots \quad 公式①

となります。

したがって債券の現在価格を算出するためには、この公式を使って将来的に貰える利子収入を現在価値に「割り引いて」計算してあげる必要があります。

債券のキャッシュフロー

それではここで債券の典型的なキャッシュフローを考えます。

償還期限が n 年で額面が x 円、表面利率を r とすると、キャッシュフローとしては

  • 0年目:{-x}
  • 1年目:{+x \cdot r}
  • ……
  • n-1年目:{+x \cdot r}
  • n年目:{+x + x \cdot r}

となります。

したがって、債券の理論価格はこのキャシュフローを現在価格に割り引いて計算すれば算出することができます。

市場金利が変わらない場合

まず練習として市場金利が r のままだったときのこの債券の現在価値を計算してみましょう。

公式①を用いると

\begin{array}{cl}
& \text{(市場金利が変わらない場合の現在価値)} \\
= & \displaystyle x \cdot \frac{r}{1 + r} + x \cdot \frac{r}{(1+r)^2} + … + \frac{x + x・r}{(1 + r)^n} \\
= & \displaystyle \frac{x}{(1 + r)^n} + x \cdot r \cdot \big( (1 + r)^{-1} + … + (1 + r)^{-n} \big)
\end{array}

となります。

ここで等比数列の和の公式

\begin{array}{cl}
S = & a \cdot r + … + a \cdot r^n \\
= & \displaystyle a \cdot r \cdot \frac{1 - r^n}{1 - r}
\end{array}

を用いると

\begin{array}{cl}
& (市場金利が変わらない場合の現在価値) \\
= & \displaystyle \frac{x}{(1 + r)^n} + x \cdot r \cdot (1 + r)^{-1} \cdot \frac{1 - (1 + r)^{-n}}{1 - (1 + r)^{-1}} \quad \cdots \quad 式②\end{array}

となります。

ちょっと式が複雑ですが整理するといろいろな項がきれいに消え去って

\text{(市場金利が変わらない場合の現在価値)} = x

と、購入時の額面価格と一緒になります(演習問題①)。

途中の計算はかなりややこしかったですが、金利が変わらなければ債券の理論価格も変わらない、ということが示せました。

市場金利が変わった場合

市場金利が R になったときを考えましょう。

このとき上と同様に計算していくと

\begin{array}{cl}
& (市場金利が R になった場合の現在価値) \\
= & \displaystyle x \cdot \frac{r}{1 + R} + x \cdot \frac{r}{(1 + R)^2} + \cdots + \frac{x + x \cdot r}{(1 + R)^n} \\
= & \displaystyle \frac{x}{(1 + R)^n} + x \cdot r \cdot \big( (1 + R)^{-1} + … + (1 + R)^{-n} \big) \quad \cdots \quad 式③ \\
= & \displaystyle \left( \frac{r}{R} + \frac{R - r}{R \cdot (1+R)^n} \right) x \quad \cdots \quad 式④
\end{array}

となります(公式②、演習問題②)。

めちゃ複雑ですね。しかし、厳密な理論価格を算出するためにはこのような計算が必要です。

ところで市場金利が極めて低い場合には複利でも単利でもほぼ計算は変わりません。

そのことを上で導出した公式②から導くことで、公式②の正当性をチェックしましょう。

低利率近似

さて、利率 R が極めて低い({1 \ll R})場合には

(1 + R)^{-n} \simeq 1 - n \cdot R

と近似することができます。このことを用いて公式②を整理すると

\begin{array}{cl}
& \text{(市場金利が R になった場合の現在価値)} \\
\simeq & [ 1 + n (r - R) ] x \quad \cdots \quad 公式③
\end{array}

となります(演習問題③)。

さて、次に現在価値を単利計算で計算することを考えます。

単利計算での現在価格は n 年間で貰える利子収入 (n・r・x) と市場金利で運用した場合の利回り (n・R・x) の差額となるはずです。つまり

\begin{array}{cl}
& \text{(市場金利が R になったときの単利計算での現在価値)} \\
= & x + n \cdot r \cdot x - n \cdot R \cdot x \\
= & [ 1 + n (r - R) ] x \quad \cdots \quad 公式③'
\end{array}

見事に公式③と一致しましたね!

つまり、市場金利が十分低い場合には複利計算での現在価値による理論価格と、単利計算での現在価値による理論価格はほぼ一致します。

これは金利が十分低い場合には複利で計算しても単利で計算しても一緒、という事実と一致する計算結果です。

まとめ

ここまでついてこれた方、お疲れ様でした。

途中の数式が分からなかった!という方に向けて最後に日本語で説明します。

政府が金融引き締めなどを行っていない局面では一般的には金利は極めて低い(せいぜい1〜2%)です。

その場合には「低金利近似」でおおよその債券の理論価格が算出できることになります。低金利近似の式を日本語で表すと

(債券の現在価値変動率) = 満期までの年数 × 表面利回りと市場金利の金利差

となります。

したがって、例えば満期が10年で市場金利が0.1%上昇すると債券価格はおおむね1%下落します。

満期が長いものや金利が高い局面ではこの近似は少々厳密な値とはズレますが、多くの場合にはこの「最終公式」さえ覚えていれば大体の債券の理論価格を計算できますので、ぜひ覚えておきましょう!

もう一度言うと「満期までの年数に、金利変化率を掛け算したくらい上下する」です。

30年債で金利が0.5%上昇すれば約 30×0.5 = 15% の下落、というふうに簡単に計算できます。

債券投資をされる方はぜひ覚えてくださいね!

演習問題

演習問題①:式②の計算

式②を計算し、これが x と等しくなることを示せ。

演習問題②:式③の計算

式③を計算し、これが式④となることを示せ。

演習問題③:公式③の導出

指数関数の近似公式を利用することで、公式②から公式③が導出できることを示せ。

解答

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